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小冊子『しあわせの架け橋』(「小さな親切」運動大阪本部刊)が完成
日中教育支援活動など、弊社の社会貢献活動を特集 |
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「小さな親切」運動大阪本部より
デイマートの社会貢献活動を取材した小冊子『しあわせの架け橋』が発刊されました。
【も く じ】
- 中国農村部の子供たちに教育機会をプレゼント
- (特定非営利活動法人日中平和交流・教育支援協会)
- 支援を受けた中国の子供たちからの手紙
- いのちの尊さを実感し、一人一人が元気になれる社会のために
- (NPO希望塾)
- 特別インタビュー 大阿闍梨 釈正輪 老師
- 企業の生産活動の目的は消費者の生活の向上
- 消費とは豊かな生活を実現するための手段
- (特定非営利活動法人 消費者問題解決支援センター)
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<同冊子より抜粋>
中国農村部の子供たちに教育機会をプレゼント
希望という名の学校
中国、浙江省。
観光名所として有名な西湖を擁する省都杭州市は、人口666万人。中国の都市としては中型の部類に入る。それでも街中に高層ビルが建ち並び、毎年訪れる人によると、来るたびにビルの数が増えて、街の景観がどんどん変わっていくのが目に見えるという。それほど中国の経済発展は目を見張るものがある。
けれども、そのような発展の影で、総計13億人とも言われる人口を抱えたこの国には、いまだ教育の機会を与えられていない子供たちが農村部や僻地にたくさん存在する。中国政府は、そのような子供たちを支援していく目的で、青少年発展基金会を設置、「希望工程」とよばれる就学支援プロジェクトを全国展開している。
その希望工程と連携して、10年前から経済的に恵まれない子供たちへの教育支援を行い、浙江省の農村部に小学校を3校建設した日本の団体がある。神戸市に本拠を置く特定非営利活動法人、「日中平和交流・教育支援協会」だ。協会の活動は、「個人としても企業としても、常に人の役に立ちたい」という、一人の会社経営者の社会貢献への熱意から始まった.
学びたいのに学べない子供たち
兵庫県神戸市に本社を置く株式会社デイマート。今年で創業22年を迎え、現在では株式会社6社を傘下に置くグループ企業に発展した健康食品の総合取扱会社である。日中平和交流・教育支援協会の理事長を務めているのは、この会社の会長、弓場英治氏。弓場氏は10年前をこう振り返る。
「1999年に社員旅行を兼ねて、浙江省の淳安県というところへ行きました。そのときに、学校がなくて、勉強したくてもできない地域の子供さんがたくさんいること、そして、そういう子供さんたちのために施設充実活動を地道に進めている現地の希望工程について聞かされました。また、学校があっても遠方から入学した子供たちは寄宿生活をしなければならないのですが、きちんと整備された寮があるわけでなく、教室の机の上に寝具を敷いて寝ている子供たちの現状も目の当たりにしました。おまけに、教室の窓ガラスにはたくさんの穴が開いていて、冷たい風が入ってくるわけですよ。そんな厳しい毎日でも、子供たちは泊り込みで授業を受けています。また、授業を受けられる子供はまだ幸運なほうです。授業料が払えなくて学校へ行けないという子もたくさんいるわけですから。そのときに思ったのは、日本では学校があって教育を受けられる環境が揃いすぎるほど揃っているのに、それでも学校に行かない、登校拒否で引きこもる子供が増えています。一方で、少し離れた中国の僻地では、学校へいきたくても行けない子供がたくさんいるという、この大きなギャップです。これには衝撃を受けました」
学校建設を決意
弓場氏は、現地の教育事情について聞かされたとき、中国の子供たちのために、学校を3つ建設することをその場で決意したという。
「幸い現地では学校を1つ建設する経費は何百万円という単位の金額でした。日本だと何億とかかるでしょうけれども。それに比べれば私たちでも何とか工面できる金額だと思いました」
弓場氏が学校建設を即断したのには背景がある。氏の創業した株式会社デイマートは、企業理念の1番目に「社会貢献」を掲げている。氏の企業観とは、会社も個人と同様に、人の役に立つもの、すなわち社会に貢献し、必要とされるものだけが生き残ることができるというものだ。その理念のもと、同社は収益の中から日本でさまざまな寄付活動を行ってきた。しかし、その寄付がどのような形で社会に活かされているのかが、目に見える形で把握できなかったという。
「中国の学校建設と、子供たちの教育支援という形で寄付させていただいたなら、ほんとうに支援を必要としている子供やご両親や先生方にもよろこばれるし、何よりも手ごたえが感じられると直感したわけです。年が明け、2000年から早速、デイマートと系列会社営業所が中心となって募金活動を始めました。お客様にも事情をご説明して、募金を頂戴しました。そうして集まった300万円をその年、第1校の設立資金および里親資金として寄付しました」
一粒の種が大樹に
最初に建設された学校は、浙江省安吉県の大満都希望小学校である。その後この学校からは成績優秀な生徒が数多く育ち、国からの援助も受けられるようになる。グランド、食堂、スポーツ施設などが次々に増設され、地域の中心小学校として発展を遂げた。2005年には省の模範小学校、06年には杭州市一級小学校、07年には省標準小学校に指定され、建設後10年を経た今、省の中でも目覚しい発展を遂げた。弓場氏はこの学校を毎年訪問している。
発展を遂げる第1小学校
「行くたびに、子供たちが充実した施設で勉強のできる喜びを顔いっぱいに浮かべて出迎えてくれます。その表情に囲まれると、こちらの気持ちを理解してくれたのだとうれしくなりますね。大きく育ちつつある樹木の種をまくことができた喜びとでも言いましょうか」
翌02年には2番目となる学校の建設費用と里親支援金を寄付。これは淳安県の文昌鎮大満都希望小学校の整備に使われた。弓場氏が子供たちの厳しい寄宿生活を見て衝撃を受けた、あの学校である。
「私たちの寄付は、まず子供たちの住環境の整備に使われました。整備後訪れてみると、きれいな宿舎が建てられ、小部屋に仕切ったところで8人ずつが寝起きしていました」この2番目の学校には03年に新校舎が完成したが、その後政府により増築が行われ、総合校舎、会議室、さらには幼稚園を併設するまでに発展している。里親支援を受けた子供たちは学業やスポーツに励み、学区内でもトップの成績を出しているという。
NPOとして認定を受ける
2003年、それまでデイマートという一企業が中心となって行っていた支援活動が、特定非営利活動法人(NPO)として認定され、新たなスタートを切った。
3番目の学校が竣工したのは2006年のこと。協会は訪中団を組織し、竣工式に立ち会った。
「とりあえず最初に決意した3校の建設という目標はクリアしました。今後はそこで学ぶ子供たちの支援を中心に活動を行いたいと思っています」そう、弓場氏は語る。
「今はNPOとして独立した法人になりましたが、もともとは会社のボランティア活動として始めました。会社のボランティア活動というのは、経営に余裕があるからするというのではなくて、これは一つの義務だと思うわけです。税金を納めるというのは、制度で決められた企業の貢献義務ですが、制度では決められてないけれども、会社や団体が、自分たちの存在する意味を世の中に認めてもらうために積極的に行っていかなければならない努力義務というのがあると思います。それはやはり、社会や人の役に立ち、世の中に必要とされるということではないでしょうか。必要のないものはすたれていくというのが社会の法則ですから」
協会の支援活動が始まって満10年。寄付した総額は1600万円以上、支援した児童の数は200人を超える。
「最初は売名行為ではないかと思われていたようです。けれども、20年続ければ私たちが真剣にやっているのだということを認めてもらえるのではないでしょうか。当社の従業員はもとより、お客様や取引先の方々も支援活動に多大な協力をして下さる中で、ほんとうの豊かさ、ほんとうの幸福とは何かについて気づかされましたという声を寄せてくださいます。支援することによって感謝の心を教えられるというのが、この活動を始めた最大の成果だと思いますね」
弓場氏はまた、現地の教育関係者の情熱にも感銘を受けたという。山間部の学校で教鞭を取る先生方はいずれも若く、子供たちと一緒に学校に泊り込んで、文字通り24時間子供たちの世話にかかりきりになっているという。
かつて日本がまだ貧しかった頃、このような光景はあちこちで見られたに違いない。けれども、経済的に豊かになった今、個人の自由が尊重される一方で、中国の田舎の学校に見られるような生徒と先生の絆は失われてしまったのではないだろうか。
都会から遥か離れた山奥に建つ、希望という名の三つの学校。そこでは今日も、日本の叔父さんやおばさんに感謝しながら勉学に励む子供たちと、それを暖かく見守る先生たちの温かいふれあいが続いている。 |
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